フルトヴェングラーの名盤 ベートーヴェン第九 ストックホルムフィル

フルトヴェングラー

こんにちは、
ともやんです。

1943年、第二次世界大戦の戦況は、ドイツにとって悪化の一途をたどっていました。
そんな中、フルトヴェングラーは、前妻と離婚し、6月26日にエリザベートと正式に結婚しました。

なお、エリザベート夫人は、100歳を超えてもお元気だったようで、以下の書籍から1912年のお生まれのようです。

エリザベート・フルトヴェングラー 101歳の少女 フルトヴェングラー夫妻、愛の往復書簡 (日本語) 単行本 ? 2013/1/12
クラウス ラング (著), 野口 剛夫 (翻訳)

つまり、フルトヴェングラーが再婚した時57歳で、エリザベート夫人は31歳。年の差が26歳離れていたことになります。

そしてこの年の11月、フルトヴェングラーはスウェーデンに演奏旅行に行きます。

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フルトヴェングラー・イン・ストックホルム 1943

フルトヴェングラーの第九の録音は9種類あるとされています。

以下に、録音年とオーケストラのみ記載します。

①1937年5月1日(ライブ) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
②1942年3月22日~24日(ライブ) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
③1943年12月8日(ライブ) ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
④1951年1月7日(ライブ) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑤1951年7月29日(ライブ) バイロイト祝祭管弦楽団
⑥1952年2月3日(ライブ) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑦1953年5月31日(ライブ) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑧1954年8月9日(ライブ) バイロイト祝祭管弦楽団
⑨1954年8月22日(ライブ) フィルハーモニー管弦楽団

上記のように戦時中の録音が、2種類あります。
フルトヴェングラーにとっても苦しい時期でしたが、皮肉にも音楽的には一番充実していたのかもしれません。

1943年のシーズンにおけるフルトヴェングラーの指揮活動は、夏にバイロイトで、『マイスタージンガー』を指揮して始まりました。ヨーロッパの音楽シーズンは、秋に始まり、翌年の夏前に終わって休暇に入るようです。

だから実際のシーズンは9月から、ベルリンフィルとウィーンフィルを指揮する生活から始まりました。そして11月にはスウェーデンに向かい、ストックホルムでベートーヴェンの第九交響曲を指揮する予定でした。

これは現地の演奏協会からの依頼です。

スウェーデンは、第一次大戦後中立を守っていましたが、第二次大戦下では、ドイツの要求を受けて、ドイツ兵の国内通過を認めるなどある程度の圧力には屈していました。もちろん自国を守るためにドイツの要求を呑むだけではなかったようです。
※詳しくは以下のウエブサイトを参照ください。

スウェーデンはいかに危機に対処してきたか――すべては自国の安全保障のために
清水謙 / スウェーデン政治外交史

このフルトヴェングラーの客演に対して、ストックホルムの学生団体は、抗議文を作成し、著名文化人の署名を集め、抗議集会を開いたのです。

抗議文の内容は、以下のようなものでした。
「我々は貴殿をドイツ音楽界の著名な代表者の一人として考えている。しかし、貴殿は同時に北欧文化にとって致命的危険をもたらす政治を推し進めている国家の代表者でもある」とし、「ドイツ軍の権力者により強行された不当な干渉に抗議するために、コンサートをボイコットする」とありました。

つまりフルトヴェングラーの意志とは関係なく、彼の存在は、政治そのものになっていたのです。

この抗議に対して、フルトヴェングラーは、手帳にメモを残しています。
「ベートーヴェンの第九は、人類に与えたメッセージである善良、信頼、神の前の平等が、今日ほど必要な時はない」というものでした。

これに対して、誰も異議は唱えないとしても、誰もが、ドイツ(日本、イタリア含む)からは、言われたくなかったと思います。
※『カラヤンとフルトヴェングラー』中川右介著より。

結局、フルトヴェングラーは、ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団を振って、12月8日にベートーヴェンの第九交響曲を演奏しました。

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フルトヴェングラー ベートーヴェン交響曲第9番 ストックホルムフィル

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 Op. 125
Symphony No. 9 in D Minor, Op. 125, “Choral”

1.(17:12) I. Allegro ma non troppo, un poco maestoso
2.(11:30) II. Molto vivace
3.(19:26) III. Adagio molto e cantabile – Andante moderato – Adagio
4.(25:00) IV. Finale: Presto – Allegro assai
total(73:08)

作詞 : フリードリヒ・フォン・シラー – Friedrich von Schiller
ヒョルディス・シンベリ – Hjordis Schymberg (ソプラノ)
リサ・テュネル – Lisa Tunell (アルト)
ヨースタ・ベケリン – Gosta Backelin (テノール)
シーグルド・ビョルリンク – Sigurd Bjorling (バス)
Musikalista Sallskapet
ストックホルムコンサート協会管弦楽団 – Stockholm Concert Association Orchestra
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー – Wilhelm Furtwangler (指揮)

【CD】 フルトヴェングラー&ストックホルム・フィル、スウェーデン放送全録音集

フルトヴェングラー+ストックホルム・フィル
スウェーデン放送による全録音集大成!
放送局とオーケストラ承認による初リリース!

フルトヴェングラーはスウェーデン、ストックホルムを頻繁に訪れました。ある時はウィーン・フィルを率いて、そして現地ストックホルム・フィルに客演しました。この度、フルトヴェングラー+ストックホルム・フィル共演の遺されている全録音がスウェーデン放送アーカイヴによる音源提供+ストックホルム・フィルの承認を得ての初発売となりました。フルトヴェングラーの代名詞ともいえる「第九」は、1943年12月という難しい時期に単身ストックホルムに赴いた演奏。狂乱のような合唱には何か特別な感情が籠めらているかのようです。ベートーヴェン・プロ、交響曲第8番、第7番は戦後の客演。元気なフルトヴェングラーらしい自由自在な演奏で、ストックホルム・フィルに秘伝を伝えるかのような見事な演奏。「ドイツ・レクイエム」は巨匠唯一の完全全曲録音であり、崇高かつ燃え上がる情熱が同居した奇跡的な名演として著名。シュトラウスの「ドン・ファン」、ワーグナーの「トリスタン」については語り上手、聞かせ上手のフルトヴェングラーらしい物語性の強いうねる様なロマンが最高です。「レオノーレ」序曲第3番は、正に芸術は爆発だ!を地で行くもの。非常に細かく、エネルギッシュなリハーサルも必聴です。
過去に正規音源からCD化されたものもありますが、CD初期等のマスタリングには過度のエコー付加など問題があるものも多かっただけに今回のリリースは朗報という他ありません。
英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付、ネストル・スタリオーネ氏による書下ろし。
東武ランドシステム

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最後に LPについて

フルトヴェングラーによる第九の録音の中で、1943年のストックホルムフィルとの録音は、第二次世界大戦中の演奏として、貴重なものです。

しかし、演奏内に関しては、どうもストックホルムフィルの力量的な問題で、名演と言われることはないようです。

でも、僕は特に第一楽章の展開部、第三楽章には聴くべきものがあり、十分感銘を受けました。

ただ、演奏そのものよりも録音の音質の問題もあるかもしれません。
鑑賞には耐えられますが、前年42年のベルリンフィル盤より劣ります。

【LPレコード】 ベートーヴェン: 交響曲第7番、第8番、第9番、レオノーレ序曲第3番<完全限定生産盤>

なお、昨年11月にはLPでもスウェーデン放送所蔵のオリジナル音盤使用の初の全録音集として発売されています。

僕は未聴ですが、CDで聴くより良い音質であることを期待します。

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