フルトヴェングラー シューベルト「未完成」聴き比べ

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こんにちは、
ともやんです。

フルトヴェングラーは、第二次大戦後、ナチに協力した疑いで、それが晴れるまで演奏活動を禁止されていました。

紆余曲折の末、なんとか2年後の47年5月に復帰コンサートを開催して、ベルリンに戻ってきました。

ドイツ敗戦直後から、フルトヴェングラー不在の間、ベルリンフィルを守ってきたチェリビダッケとの2頭体制となりました。

ただ、ここで三者の思惑が交錯して、なかなかしっくりいかない不安定な状態だったので48年だったようです。

こんな時のベルリンフィルとのライブですが、そんないざこざとは別にしてさすがに素晴らしい演奏です。

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フルトヴェングラー シューベルト「未完成」1948

フランツ・シューベルト – Franz Schubert (1797-1828)
交響曲第8番 ロ短調 「未完成」 D. 759
Symphony No. 8 in B Minor, D. 759, “Unfinished”

1.(11:29) I. Allegro moderato
2.(11:53) II. Andante con moto
total(23:22)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 – Berlin Philharmonic Orchestra
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー – Wilhelm Furtwangler (指揮)
録音: 24 October 1948, Live recording

フルトヴェングラー / コンプリートRIASレコーディングス

未完成は、イントロが印象的で地の底から湧き上がってくるように開始されます。

記録では、この曲を振る前は、フルトヴェングラーも落ち着かなかったようで、

そわそわしていたそうですが、結果としてはやりたいことをやりつくした感があります。

宇野功芳風に言えば、切れば血が出るような有機的な響きで終始しています。

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フルトヴェングラー シューベルト「未完成」1950

フランツ・シューベルト – Franz Schubert (1797-1828)
交響曲第8番 ロ短調 「未完成」 D. 759
Symphony No. 8 in B Minor, D. 759, “Unfinished”

1.(11:34) I. Allegro moderato
2.(12:17) II. Allegro con moto
total(23:51)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 – Vienna Philharmonic Orchestra
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー – Wilhelm Furtwangler (指揮)
録音: 19-21 January 1950, Musikvereinsaal, Vienna, Austria

フルトヴェングラー正規レコード用録音集大成<限定盤>

フルトヴェングラーの「未完成」は最低5種類は残されているようですが、この1950年1月のみスタジオ録音です。しかもオーケストラがウィーン・フィルということで表現も一番大人しくスッキリした演奏になっています。

また、第一楽章の展開部で、他のライブ盤ではティンパニを追加しているのに、この盤はスコア通りということで、ライブとスタジオでは表現を変えているところが興味深いです。

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コメント

  1. ショウジマサト より:

    55枚のセットを購入し、夏休み(というか、コロナ禍と酷暑で出歩けないので)に54枚目から逆(オペラやマタイはそれぞれの最初から)に、ネットオーディオ用のBOSEのスピーカーをパイオニアのCDオートチェンジャーにつないで最適と思う位置にセットして、ネット情報を得ながら聴き始めているところです。前置きが長くなりましたが、54枚目に、いきなりウイーンフィルとの未完成のライブとチャイコフスキーのエレジーが聴けました。これを聴いての感想ですが、やはりフルトヴェングラーはライブがすごかったのだろうということと、スタジオ(楽友協会)での録音は、商業録音という言葉は違和感があるが、当時、戦勝国のEMIがクラシック音楽産業のレパートリーの充実の担い手として、敗戦国とは言え、まずはドイツのフルトヴェングラーに託し、モノラルもここまで音質が向上するとフルトヴェングラーもそれに応えた方が収入にもなるので、積極的に録音に応じたのではないかと思いました。ただ、指揮者のコントロールが必要な大曲はともかく、エレジーを聴くとウイーンフィルは、ニューイヤーコンサートのシュトラウスと同じで自発的な演奏に任せたほうが良い演奏をするのだなと思いました。バイロイトの第9のシュワルツコップらの声の響きから、観客のいない時の録音との編集は明らかと思いまいした。ステレオ録音をステレオ録音用のシステムで聴くと、時々、編集が興ざめになることがあるが、映画と同じで、プロデューサーからしたら、ライブであろうが、商業録音として発売する以上は、編集が当たり前なのだろうと思っています。話が戻るが、DGのシューマンの第4はデジタルコピーからのマスタリングが明らかで、音が浅く、初めて聴いたDGのCDの方がより感動的でした。これ以上、書いていたらキリがないので、ここら辺でで失礼します。小生、1956年生まれ、本業が手いっぱいの不器用で、このようなサイトを開ける方を尊敬します。

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