シェルヘン ベートーヴェン”英雄” 58年盤もエキサイティング

シェルヘン

こんにちは。
ともやんです。

今年は、ベートーヴェンの生誕250年の年です。

ベートーヴェンは、1770年12月生まれですが、誕生日が12月15日?16日?17日?の3つの説があります。
まあ、この辺は250年前ということで1日、2日の違いはあってもおかしくありません。

面白いのは、ベートーヴェン自身は、1772年生まれだと信じ込んでいた節があります。
友人がその勘違いを正そうとし、ベートーヴェン自身の洗礼証明書の写しを何度も見せても認めようとしなかったそうです。

なぜ、ベートーヴェンはそこまで自分の生年を1772年と思い込んでいたのでしょうか?

それには以下の2つの説があります。

1、神童に仕立て上げるため、父親が意図的に偽った
2、自分は私生児であり、誕生の事実が隠されていると考えていた

ベートーヴェンはドイツ人ですが、民族的には、曾祖母はワロン人(ヨーロッパ低地民族のケルト系ベルギー人)、祖父はオランダ系の出であることから、12対3対1の割合でドイツとオランダとワロンの血が流れていることにあります。

ベートーヴェンという姓は、オランダ語でビートが砂糖大根、ホーヴェンが農家という意味なので大根農家ということになります。

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ベートーヴェンの容姿・生活

ベートーヴェンの容姿に関しては、つい音楽教室に掲示してあった肖像画を思い出します。
決してイケメンではありませんが、もじゃもじゃ頭と意志的な眼差しと張った顎は特長的です。
デコッパチで大きな鼻、猪首で、ハイドンからは、「グロース・モーグル(蒙古の大王)と言われたそうです。

身長は160センチ足らずで左利きでした。

ただ、現代の感覚からすると小柄ですが、19世紀のオランダ人の平均身長は、今より20センチも低かったという説もあるので、当時としては決して小柄ではなく平均的な身長だったと思われます。

身の回りには無頓着で、整理整頓が苦手で、身なりも見苦しかったようです。ただ別の説では、ベートーヴェンは洋服には気を使い、シャツとカラーは、いつも真っ白で、衣類も特選物を身に着けていたそうです。

どちらかというと僕はこちらの説を支持します。
一応ウィーンの名士としてそれなりの収入もありましたから、身なりには気を使っていたのではと憶測します。

またワインには目がなかったという説も聴いたことがあります。

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シェルヘン ベートーヴェン交響曲第3番”英雄”

ヘルマン・シェルヘンの指揮によるベートーヴェンの英雄は、3つの演奏を聴くことが出来ます。

1951年1月 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
1958年9月18日 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
1965年2月12日 ルガノ放送管弦楽団 ライブ

演奏は、年代が進むにつれ面白くなり過激になります。

ただ全体の完成度と過激さをぶつかり合いから一番均衡を保って感銘を与えてくれるので’58年盤です。

65年盤に比べどちらもハイテンションで早いテンポで疾走しますが、
オーケストラの力量の差なのかとも思います。

しかし、この58年盤は、セッション録音ながら、激しいパッションを感じさせる演奏です。
特の第1楽章は、65年のライブ盤に負けないくらいです。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第3番 変ホ長調 「英雄」 Op. 55
Symphony No. 3 in E-Flat Major, Op. 55, “Eroica”

1.(14:35) I. Allegro con brio
2.(13:25) II. Marcia funebre: Adagio assai
3.(05:30) III. Scherzo: Allegro vivace
4.(10:22) IV. Finale: Allegro molto
total(43:52)

ウィーン国立歌劇場管弦楽団 – Vienna State Opera Orchestra
ヘルマン・シェルヘン – Hermann Scherchen (指揮)
録音: 18 September 1958

ベートーヴェン: 交響曲全集/序曲集 ヘルマン・シェルヘン 、 ウィーン国立歌劇場管弦楽団他

ベートーヴェン・イヤーを飾る1950年代録音の驚きのCD8枚組BOX

1951年から54年の間、ウェストミンスター・レーベルに録音されたこのモノラルの交響曲全集は、ベートーヴェン生誕250周年の記念年を飾るのにぴったりです。ヘルマン・シェルヘンの魅惑的な、現代的と言ってもいいベートーヴェンへのアプローチにしても、まさしく歴史的再発売となったこの音質にしても、とても1950年代のものとは思えません。シェルヘンのウェストミンスターのプロデューサー、クルト・リストはこう指摘しました。「シェルヘンが関われば決して退屈なものにはならず、誰も無関心のままではいられません」。シェルヘンの演奏はわくわくさせるものであり、「音楽は理解されるべきものではない。それは聴かれるべきものだ」という彼の個人的な信念を証明するものです。

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