クレンペラー ブルックナー交響曲第6番 大河の如く

クレンペラー

こんにちは、
ともやんです。

クレンペラーとフィルハーモニー管弦楽団によるブルックナーの交響曲は、ステレオのセッション録音で1960年の第7番から70年の第8番まで、6曲録音されました。

録音年月で見ると以下のようになります。

1960年11月 第7番
1963年11月 第4番
1964年11月 第6番
1967年03月 第5番
1970年02月 第9番
1970年11月 第8番

今回ご案内する、第6番は、1964年の録音ですが、この年の3月事件がありました。それを救ったのが当時すでに79歳の老匠クレンペラーだったのです。

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クレンペラー フィルハーモニー管弦楽団を2度救う

フィルハーモニー管弦楽団は、1945年にEMIの大プロデューサーウォルター・レッグによって録音専用のオーケストラとして創設されました。

当時のロンドンには、ロンドン交響楽団、BBC交響楽団、ロンドン・フィルハーモニックの3つのオーケストラが存在しましたが、第二次世界大戦を大きな痛手を被っていました。

レッグは、しギリスの首都ロンドンに真に世界一流のオーケストラを設立したいという野望を持っていたのかもしれません。

第二次世界大戦中に優れた管楽器奏者を多数擁していた軍楽隊から名手を選りすぐって採用し、スタート時点から最高の陣容を誇っていました。

その後、51年からヘルベルト・フォン・カラヤンのもと多数の録音を残し、知名度もあがり、短期間に国際的な名声を博するようになりました。

しかし、56年にカラヤンが、フルトヴェングラーの後任としてベルリンフィルの終身指揮者に就任したことから、レッグはカラヤンに代わる大物指揮者を探さなければならなくなりました。

レッグが、次に白羽の矢を立てたのが、イタリア人のグイード・カンテッリ(1920-1956)でした。カラヤンよりも一回りも若く、トスカニーニの後継者と目されていた天才指揮者でしたが、カンテッリは、56年に飛行機事故で36歳の若さで逝ってしまいました。

そんな苦境のフィルハーモニー管を救ったのが、当時すでに何度も客演していた老匠クレンペラーでした。当時すでに70歳を超え、カラヤンとは親子くらい違っていましたが、59年には正式に首席指揮者に就任し、コンサートに録音に大活躍をすることになりました。

ユダヤ系ということで戦前からナチスに追われ、アメリカに亡命、また戦後も大きな怪我などで不遇をかこっていたクレンペラーに取ってもフィルハーモニー管という手兵を得ることで活動の場に恵まれるようになりました。

しかもフィルハーモニー管は、カラヤンとは正反対の芸風を持つクレンペラーの指揮にも柔軟に対応し、録音史に残る多くの録音を残すことになりました。

しかし、1964年3月にEMIを退職したウォルター・レッグが突然、運営上および財政的な理由でフィルハーモニー管の解散を宣言したのです。

一時は、存続も危ぶまれましたが、その危機を救ったのが、ここでもクレンペラーでした。既に79歳になっていたクレンペラーは、首席指揮者兼名誉総裁として、自主運営団体として再出発したニュー・フィルハーモニー管弦楽団の精神的支柱として亡くなる73年まで、多くの録音を再び残したのです。

この年、クレンペラーは、新制ニュー・フィルハーモニア管と10月から録音を再開しましたが、ブルックナーの第6交響曲は、まさにこの時の録音でした。

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クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア ブルックナー交響曲第6番

この演奏は、開始からそのぎこちなさに笑いそうになりますが、まさに滔々と流れる大河の如く、聴いている内のその情報量の多さに圧倒されます。そんなクレンペラーの芸風を評論家の福島章恭氏は、次のように記されています。

“クレンペラー演奏の常だが、外面は微笑みひとつなく無愛想で取っつきにくく、即物的なアプローチのように見えて、その実、分厚い殻の内側に無限のニュアンスが湛えられている、という妙味がある。その殻を打ち破るには、リスナーからの歩み寄りも必要だが、ひとたび、その殻の内側を知った者にその至福は一生の宝となる。”

まさに、僕にとってはクレンペラーの録音は、一生の宝物です。

アントン・ブルックナー – Anton Bruckner (1824-1896)
交響曲第6番 イ長調 WAB 106 (ノヴァーク版)
Symphony No. 6 in A Major, WAB 106 (ed. L. Nowak)

1.(16:56) I. Maestoso
2.(14:42) II. Adagio. Sehr feierlich
3.(09:23) III. Scherzo: Nicht schnell – Trio: Langsam
4.(13:56) IV. Finale: Bewegt, doch nicht zu schnell
total(54:57)

ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 – New Philharmonia Orchestra
オットー・クレンペラー – Otto Klemperer (指揮)
録音:1964年10月6,10-12日&11月16-19日 ロンドン・キングスウェイホール

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得意とした旧EMIのブルックナー録音が遂に全曲SACDに!第6番以外は世界初SACD化。虚飾のない、真のブルックナー像は圧巻!新規で英オリジナル・アナログ・マスターテープから復刻。新規解説付

1960年から70年にかけて旧EMIレーベルに録音を行った、クレンペラーの全6曲のブルックナー音源をSACDハイブリット化!第6番以外は今回が世界初SACD化。ようやく演奏の真価が発揮される高音質で蘇りました。再評価されるべき重要な遺産です。虚飾されていない、真のブルックナー像は今でこそ重みがあります。今回、あらためて現況での最高音質を目指し最新の復刻を行いました。英国にあるオリジナル・アナログ・マスターテープから96kHz/24bitでデジタル化したマスターを用い、SACD層、CD層別々にマスタリング。新規解説付。永久保存盤です。1,000セット限定のシリアル・ナンバー付。

クレンペラーの晩年の世界的名声はモーツァルトやベートーヴェンの成功によって得られた一方、ブルックナーの評価は決して現代でも確立しているとは言えないかも知れません。しかし演奏歴は長く、独墺圏においては1920年代半ばから30年代にかけて既にブルックナーは人気を博していたため、クレンペラーはフルトヴェングラーと共に多くの演奏を行い、独墺圏以外でも良く取り上げていました。一方、英国では人気が薄く、これらの旧EMI録音が行なわれた経緯には複雑なものがあったようです。フィルハーモニア管弦楽団時代では、セールス的に難航するとのウォルター・レッグの判断のため、第4番と第7番以外は録音を認めてもらえませんでした。ブルックナーをもっと収録したいと考えていたクレンペラーはレッグと対立し、特にある時期から突如録音を望んだ第6番に関しては、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団が発足してすぐに録音したほどです。ブルックナーへの思い入れは強いものがあったのでしょう。

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