ブルーノ ワルター マーラー 交響曲第4番 1945

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こんにちは、
ともやんです。

ブルーノ・ワルターは、1876年ドイツ生まれで、1962年米国で死去。
ワルターにとって作曲家であり著名な指揮者だったグスタフ・マーラーとの出会いは人生に取って大きな出来事だったと思います。

ワルターは、生地ベルリンのシュテルン音楽院に学び、在学中から指揮者をめざしていましたが、1901年25歳の時にグスタフ・マーラーと出会い、音楽理論のみならず、芸術や哲学全般について広く学び多くのことを吸収しました。

その後、ウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)楽長、ミュンヘン宮廷歌劇場(バイエルン国立歌劇場)音楽監督、ベルリン市立歌劇場(ベルリン・ドイツ・オペラ)音楽監督、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長などを歴任。

ヨーロッパの一流オーケストラやザルツブルク音楽祭さらにはアメリカのオーケストラにも度々招かれる人気指揮者として活躍した。

ところが、1933年にナチスが政権を取ってからは、ユダヤ系のためナチスからの様々な迫害を受け、ドイツ国内はおろかヨーロッパでは演奏できなくなり、39年には米国に移住しました。

晩年はCBSが用意した録音用オーケストラ、コロンビア交響楽団と多くのステレオ録音を残しました。それらは、音楽ファンのみならず、世界中の多くの人々を楽しませる貴重な遺産となっています。

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ワルター マーラー交響曲第4番 1945

僕は、マーラーのシンフォニーでは、メルヘンのようなこの4番が大好きです。

バーンスタイン&ニューヨークフィル、クレンペラー&フィルハーモニアなどの名盤がありますが、ワルターでは、ウィーンフィルとの最後の演奏となった60年のライブ録音もあります。

残念ながら僕は未聴ですが、このニューヨークフィルとのスタジオ録音は、まず45年の録音とは思えない音質の良さです。

曲想からいってワルター向きと思いますし、ウィーンフィルとの最後のコンサートにこの曲を選んだのは強い愛着があったのでしょう。

ニューヨークフィルとの演奏は、チャーミングで端正、格調の高いものです。

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ブルーノ ワルター マーラー交響曲第4番 1945

グスタフ・マーラー – Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第4番 ト長調
Symphony No. 4 in G Major
作詞 : 伝承 – Traditional

1.(16:15) I. Bedachtig, nicht eilen
2.(08:35) II. In gemachlicher Bewegung. Ohne Hast
3.(17:28) III. Ruhevoll
4.(07:24) IV. Sehr behaglich
total(49:42)

キャスリーン・フェリアー – Kathleen Ferrier (コントラルト)
デシ・ハルバン – Desi Halban (ソプラノ)
ニューヨーク・フィルハーモニック – New York Philharmonic Symphony Orchestra
ブルーノ・ワルター – Bruno Walter (指揮)
録音: 10 May 1945, Carnegie Hall, New York

ブルーノ・ワルター ザ・コンプリート・コロンビア・アルバム・コレクション<完全生産限定盤>

フルトヴェングラー、トスカニーニと並び、20世紀最大の指揮者と賞されるブルーノ・ワルター。ナチズムの蔓延するヨーロッパを離れ、アメリカに亡命したワルターが、1941年から亡くなる前年の1961年までアメリカのコロンビア・レコード(現ソニー・クラシカル)に残したすべての録音をCD77枚にまとめたボックスセットです。

まさに音楽界の貴重な遺産とも言える録音です。
マーラーの交響曲第4番は、5枚目のCDに収録されています。

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