フルトヴェングラー モーツァルト&ブラームス交響曲 1949

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こんにちは、
ともやんです。

フルトヴェングラーは、1947年に非ナチ化審議で無罪となり、5月に約2年ぶりにコンサートに復帰しました。

これで晴れて世界各地でコンサートの指揮が出来るようになったと思っていました。それを目を付けたアメリカのシカゴ交響楽団が目を付け、出演交渉をしてきました。

その結果、1949年10月と翌50年3月に客演指揮者として合計14週間に渡り、シカゴに行く契約を結びました。

アメリカには、第二次大戦前から、ナチの迫害により亡命している音楽家が大勢しました。当然、フルトヴェングラーもシカゴ響も客演に対して反対の声が上がることはある程度予想していました。

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フルトヴェングラー シカゴ響客演への反対運動

フルトヴェングラーのシカゴ響への客演への反対運動は激しいものだったようです。ホロビッツを筆頭に著名な音楽家がこぞって反対の声を挙げました。
そしてもし、フルトヴェングラーがシカゴに客演するなら、今後一切、シカゴとの共演をしないという声明まで発表したのです。

この反対運動の先頭に立つのがピアニストのホロビッツでしたが、彼の妻の父であるトスカニーニが、黒幕だと予想されました。

しかし、それが分かったからと言って事態は好転しません。

苦慮したフルトヴェングラーは、声明文に名前をつられていない一人のユダヤ系指揮者を発見しました。

それはブルーノ・ワルターでした。

そこでフルトヴェングラーは、ワルターに電報を打ち、反対の表明はしていないことを確認して、「自分ほど、ユダヤ人のために尽力した人間はいないのに、なぜ、こんなことが起きているのか理解できない」と手紙に書き、今後のことを相談させてほしいと依頼しました。

しかし、ワルターからの返答は厳しいもので、大戦下では政治と音楽は別物と考えていたフルトヴェングラーに取っては、心の折れるようなものだったようです。


※シカゴ市街地の風景

ワルターの返答は、フルトヴェングラーがナチではなかったと確信しているが、そのナチの下で肩書と官職を得て、12年間に渡り活動したことは結果としてナチを助けたことは事実で、たとえ個々のユダヤ人を多少助けたと言っても、アメリカのユダヤ系の音楽家の反応が理解できないというのは、認識に疎いんじゃないかとたしなめる内容だったようです。

フルトヴェングラーにとって、アメリカで唯一頼れる存在と考えていたが、ワルターからの返答は、厳しいものでした。

しかし、この辺の感情は難しいもので、ベルリン市民は、ドイツに留まったフルトヴェングラーの復帰コンサートを熱狂的に迎えたのに、ユダヤ系ではないにも関わらず、他国へ逃れたエーリッヒ・クライバーに対しては、ヨーロッパ復帰には、冷ややかだったという話もあります。

結局、どの視点で見るかによって違うわけです。
ユダヤ系というだけで失職させられ、迫害を受け、家族の命まで奪われた人たちにとっては、それなりの地位を得ながら悪魔の政権に仕えた人間は、絶対許せるものではなかったということは理解できます。

結局、シカゴ響との契約はキャンセルとなりました。

そしてこの年1949年のドイツ国内ツアーは、チェリビダッケが、ロンドンやパリでの成功に気を良くして客演に力を入れ出し、大戦後始めてフルトヴェングラー一人で行いました。

このモーツァルト交響曲第40番とブラームス交響曲第4番は、そのツアー中ヴィ―スバーデンでの録音です。

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フルトヴェングラー モーツァルト&ブラームス 1949

筆者は、残念がらこの録音はまだ聴いていません。

ただ、他の録音から推測したり、製作者平林直哉氏のコメント、宇野功芳著『フルトヴェングラーの全名演名盤』の記述から、ぜひ聴きたい音源です。

特にブラームス交響曲第4番でベルリンフィルとの演奏では、前年48年のものが有名です。しかし、宇野氏は、生々しさではこの49年盤の方が上回り、フルトヴェングラーのファンなら両方持っていたいと書いています。

(1)モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
(2)ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 Op.98

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)、
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1949年6月10日/ヴィースバーデン国立劇場(放送用ライヴ録音)
使用音源:Private archive(2トラック、19センチ、オープンリール・テープ)

モーツァルト 交響曲第40番&ブラームス: 交響曲第4番 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

フルトヴェングラーがベルリン・フィルとのツアー中、1949年6月10日、ヴィースバーデンで行った公演は、当時としてはかなり鮮明な音質であることが知られています。

このたび復刻に使用したのはその公演の2トラック、19センチのオープンリール・テープです。38センチではありませんが、その情報量は実に驚異的で、これだけバランス良く明瞭に鳴っている例はまれと言えます。

まず、モーツァルト。黒い炎が燃え上がるようであり、重戦車のような機動力を持つオーケストラ、まさに異形の演奏です。極めつけはブラームス。なまめかしくも官能的に湧き上がるロマン、生き物のようにうごめく各パートの生々しさ。

おそらくは、フルトヴェングラー&ベルリン・フィルの生の音に最も近いと想像されます。ブラームスの第4では1943年のライヴか、もしくは1948年のEMI系の同じくライヴ、いずれかがベスト・ワンとされてきましたが、当盤の登場によって、その序列は完全に覆されるかもしれません。製作者のコメントより

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