クレンペラー バレンボイム ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番

クレンペラー

こんにちは。
ともやんです。

クレンペラーは、ベートーヴェンを重要なレパートリーとして捉え、多くの録音が残されています。

ただ、僕が個人的に残念なのが、ベートーヴェン交響曲全集が、1957年から59年に録音されたものしか残っていないからです。
ただ最近Blu-rayで、1970年の最後のベートーヴェン交響曲ツィクルスとして映像が出ました。ただ残念なのが、音響はモノラルなのです。

評論家宇野功芳は、音楽雑誌にクレンペラーの演奏は出来不出来が顕著で、特にベートーヴェンにはその傾向がある。第1、2、3、8、9番は最後まで極めつくされなかった。その代わり第4、5、6、7番は、他の巨匠たちに伍して十二分に自己主張をしていた、という内容を書いています。

僕は以前、宇野氏の評論を鵜呑みにしていた部分もありますが、現在は、宇野さんの推薦盤にもムラがあり、良い演奏を見逃していたと感じることも多くなり、自分の耳に正直になるようになりました。

ただ、上記のコメントは、僕もそう感じていたので、賛同します。
今回バレンボイムとのベートーヴェンピアノ協奏曲全集から第3番を聴いて、よりそのそう思うようになり、この演奏を録音した67年以降にベートーヴェンの交響曲全集のスタジオ録音をしていれば、どんな素晴らしい遺産になっていたことかと強く思います。

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クレンペラー ベートーヴェン ピアノ協奏曲録音前に何があった?

クレンペラーのベートーヴェンの演奏の中でも、この67年に録音されたバレンボイムとのピアノ協奏曲全集の伴奏部分は、特に素晴らしい演奏です。

ピアノ協奏曲というより、ピアノがオーケストラの一学期となった交響曲という演奏で、数多いベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でも特異な演奏です。

82歳の巨匠と当時まで25歳のバレンボイムとのコンビだから成し得た貴重な演奏です。クレンペラーがこの年齢になっても成長することは驚異的ですが、ここには隠された秘密があったようです。

クレンペラーの生涯には、大きな怪我や事故が付きまとっています。
実は、66年にも腰部を骨折して大きな手術を受けて、療養のため約6か月間も予定外の時間を過ごすことになりました。

その長い時間で、死や宗教の問題に思いを巡らし、翌’67には、47年間のカトリック信仰を終えてユダヤ教に改宗しました。

また’67年2月に復帰したクレンペラーは、マーラー交響曲第9番のリハーサルの際にたまたま近くになった指揮棒を取るとそれを気に入り、楽員の意見も聞き入れてなんど30数年ぶりに指揮棒を使って指揮をすることになり、この後’71年9月の最後のコンサートまで指揮棒を使って指揮をしました。

その結果、楽員見やすい指揮棒スタイルが、超低速化した演奏が、崩壊寸前でくい止められ独自の世界を築いた演奏に繋がりました。まさにバレンボイムとのピアノ協奏曲は、そんな時代に生まれた名演なのです。

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クレンペラー バレンボイム ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集より

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)

ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op. 37
Piano Concerto No. 3 in C Minor, Op. 37

1.(18:53) I. Allegro con brio
2.(10:57) II. Largo
3.(09:56) III. Rondo: Allegro
total(39:46)

ダニエル・バレンボイム – Daniel Barenboim (ピアノ)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 – New Philharmonia Orchestra
オットー・クレンペラー – Otto Klemperer (指揮)

録音時期:1967年10月
録音場所:ロンドン、アビー・ロード・スタジオ

『ダニエル・バレンボイム/ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』

現在は指揮者としての活動が中心になっているダニエル・バレンボイム[1942- ]は、早くから才能を示したピアニストで、さまざまな巨匠たちから気に入られて共演、録音も多く残していました。クレンペラーともベートーヴェンのピアノ協奏曲全集と合唱幻想曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番の録音をおこなっています。
演奏はどれも遅めのテンポで壮大な世界を構築したユニークなもので、あたかも眼前に築き上げられていく巨大な構造物を仰ぎ見るかのような思いにさせられる仕上がりとなっています。まるで交響曲のようでもありますが、ここまで音楽が豊かだとそうした暴挙(?)も許されるというもの。力強い第5番や第1番はもちろんのこと、クレンペラーの面白さは、第3番第2楽章や第4番第2楽章などという穏やかで詩情豊かな部分にも端的に示されています。特に第3番第2楽章の繊細で暖かい美しさは印象深く、バレンボイムのみずみずしく叙情的なソロも含めて素晴らしく感動的な仕上がりです。
第9の小型版ともいわれる『合唱幻想曲』も、ここでは無類の巨大なスケールを誇り、コーダに至ってはどこまでも続く高揚感に圧倒されるほかありません。しかもその前の各ブロックで聴かれるディテール表現の雄弁さ、編成の違いゆえの情報量の変化の面白さもクレンペラーならではの魅力にあふれており、作品の隅々まで徹底的に表現するその姿勢はさすがというほかありません。
モーツァルトでも傾向は同じで、もともと力強い作風の第25番が、ここではよりパワーアップしてすごいことになっています。(HMV)

まとめ

クレンペラーというとテンポが遅いと思っている人が多いですが、若い頃のクレンペラーは速いテンポで即物的な演奏した人です。むしろトスカニーニに近いと思います。

ただ、50年代後半の大やけど事件以来、テンポが遅くなり、多分身体的な問題もあるのでしょうが、それまでの刻明に即物的な表現が、テンポが遅くなることで、細部までの刻明さが深くなり、かと言ってしつこくなく淡々としていて、聴いていてくどくありません。

まさにクレンペラー独自の世界観だと思います。

そして67年のバレンボイムとのピアノ協奏曲の素晴らしい演奏にも、前年の大きな手術を克服した後の世界観があったのです。

この演奏は、多くの困難を克服していたクレンペラーが到達して境地を感じることが出来ます

だからクレンペラーを聴かずにはいられないのです。

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