クレンペラー

クレンペラー ブルックナー交響曲第6番 大河の如く

この演奏は、開始からそのぎこちなさに笑いそうになりますが、まさに滔々と流れる大河の如く、聴いている内のその情報量の多さに圧倒されます。そんなクレンペラーの芸風を評論家の福島章恭氏は、次のように記されています。
フルトヴェングラー

フルトヴェングラー ブルックナー交響曲第8番が凄い!

クラシック音楽の楽しみは、同曲異演を楽しむことです。つまり同じ曲で違う演奏家でその解釈、響き、スタイルを楽しむことです。同じ曲なのに演奏家によってその感銘の深さや印象はかなり違います。まるで違い曲を聴いているような錯覚を感じることもあります。
フルトヴェングラー

フルトヴェングラー&デ・ヴィート ブラームス&メンデルスゾーン

ヴィリヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)な亡くなってから今年でもう66年です。それなのに毎月のように、新リマスターや復刻盤が出るということは、それだけ需要があるということです。その需要を細やかながらも支えている一人が私でもある訳です。
シューリヒト

カール・シューリヒト デッカ録音全集より ベートーヴェン第2番

カール・シューリヒトは、1880年にダンツィヒ(グダニスク)生まれ。1912年から32年間にわたってヴィスバーデンの音楽監督を務めながら、ウィーンフィル、ベルリンフィル、コンセウルトヘボウなど、ヨーロッパの主要オーケストラに客演。耳の肥えた聴衆から敬愛された名指揮者です。
クレンペラー

クレンペラー バッハ ブランデンブルク協奏曲 聴き比べ

オットー・クレンペラー(1885-1973)が、J・S・バッハの名曲、ブランデンブルク協奏曲の全曲を録音したCDが2種類あります。一つは、第二次世界大戦直後の1946年のもの、もう一つは、1960年のフィルハーモニア管弦楽団とのステレオ録音です。
フルトヴェングラー

フルトヴェングラー 最後のライブ ベートーヴェン交響曲第1番

フルトヴェングラーが聴衆の前に最後に姿を現したのは、1954年9月20日のベルリン芸術週間におけるベルリンフィルとの定期演奏会です。前日の19日と20日の両日、自身の交響曲第2番とベートーヴェンの第1交響曲というプログラムでした。当然、本人もオーケストラも当然ながら聴衆も最後だとは考えてもいません。
トスカニーニ

トスカニーニ ベートーヴェンツィクルス1939 胸のすく快演の名盤

ベートーヴェンの交響曲第1番、往年の名演として忘れてもらっちゃ困るのが、トスカニーニ&NBC交響曲楽団の演奏。それも1939年のツィクルスが素晴らしいです。薩摩剣士の如く、チェストォーとバサッと切り込んでくる様に痺れます、気が付く前にというかやれちまっています。
ワルター

ワルターの名盤 ベートーヴェン交響曲第1番 今更ながら素晴らしい

ワルターは、ニューヨークフィル(モノラル)とコロンビア交響楽団(ステレオ)でベートーヴェンの交響曲全集を録音しています。ニューヨークフィルとの録音も素晴らしいですが、やはり録音もひとつの作品と考えるとステレオ録音のコロンビア響が素晴らしいです。
ワルター

ワルター マーラー『大地の歌』ウィーンフィルとの名演

ブルックナーでは、厳しい評価をする宇野功芳氏もマーラーに関してはさすが高い評価をしています。特に、52年のウィーンフィルとの『大地の歌』に関しては、総合的な評価の高いワルターのマーラーの中でも特筆すべき歴史的名盤で、これを聴かずしてマーラーの『大地の歌』を語るなかれと著書に書いています。
ワルター

ワルター ブルックナー交響曲第7番 駄演にあらず

『名指揮者ワルターの名盤駄盤』宇野功芳著で、ワルターのブルックナーの中では、一番不出来だと書いています。例によって思いやりのある表情と温かい歌がすみずみにまでみちあふれており、素晴らしい部分も多々あるのだが、なんとしても根本的な音楽性がブルックナーと異質なのである、と一刀のもとに切り捨てている。
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